
昨晩から降り始めた雨は、ときおり小雨になったりもするが
止む気配も無く、山荘内にも重い空気が流れる
鷲羽を周回してもう一泊プランは夢と終わったことを確信し
朝食を終えると、重い足取りで山荘を後にした
雨の様子は変わらず、カメラもザックに納めたまま、のろのろと歩く
予想通り、いやそれ以上に薬師沢への下りは滝状態で、さらに歩く速度は低下
そして薬師沢が近付くにつれ、嫌な予感が湧いて来る
川の音が異常になまでに大きく響いているのだ、こんな音は聞いたことが無い
不安を抱えたまま下りきると、黒部川が轟音と共に荒れ狂っていた
ヤバいな、これはヤバいぞ
河原はもう激流で埋め尽くされていて、梯子で高巻くのがやっとな状態
どうにか橋の袂に取り付いて、荒れ狂う黒部川を渡りきると緊張のまま先を急ぐが
逸る気落ちをあざ笑うかのように、いくつもの小さな沢のすべてが氾濫し
木道も見えない状況に脚が進まない
山荘を出て4時間半、やっと辿り着いた第三渡渉ポイントで、流れの激しさに愕然とする
既に橋は撤去されているのだ、この激流を渡れる訳がない
いや、でも自分より1時間ほど早く二組が折立に向かったはずだ
間違いなくどこかで渡渉できるはずだ、少しでも渡れそうなところが無いかと
目を凝らしながら荒れ狂う沢の上流、下流のヤブの中を何度も行ったり来たり
しかし時間だけが無情に過ぎて行く
朝からずっと雨に打たれている身体は冷え切り、緊張と合わせて震え始め
疲労と空腹とで判断力どころか体力も限界に近付いている
ダメだ、落ち着け、先ずこの沢を渡ることは諦めよう、次の手段を考えるんだ
ビバーグ?じゃ、もう閉まっている薬師沢小屋の軒先か?他にないぞ
いやいや、これだけ全身ずぶ濡れでテントも無くビバーグなんて無茶だ
よし決めた
戻ろう、あの滝状態の岩道を越えて雲ノ平へ、暖かな山荘へ戻るしかない
薬師沢まで90分?そこから山荘までこの雨だと3時間だろうか?
もう時間の感覚も分からない、何時でも良いさ、暗くなる前に山荘へ戻るんだ
ヘッ電を用意すると、ふらつきながらも、ただ黒部川から逃げるように
雨の流れ込む直登を黙々と詰め、アラスカ庭園に着いたのは15時
全身が冷えてるはずだ
雲ノ平は雪景色となっていた
第三渡渉ポイントから約4時間、やっと戻った雲ノ平山荘の受付で事情を話すと
受付は後で良いから全身を乾かすようにと地下の乾燥室へ案内された
着ていたものをすべて着替えても震えが収まらない様子に、熱いお茶を淹れてくれて
どうにか人心地がつくと、ダウン上下を着込んだまま60分ほど横になった
どうにか落ち着いた頃、スタッフの若い男性が申し訳なさそうな顔で
夕食はスタッフと同じでも良いかと尋ねる、もちろん大丈夫ですと応じ
19時から始まった夕食は、なんと小屋主である伊藤二朗さんの隣に座ることに
当然、今日の顛末を披露することになった訳だが、伊藤さんは、あそこから
この雨の中を戻って来たとは!と驚かれ、これだけ一気に雨が降ると
川へ集中するのも収まるのも波がある、きっといちばん最悪な時間帯だったはずだと
いずれにせよ、よく戻る決心をしてくれた、無事で良かったと語ってくれて
なんだか気恥ずかしくて照れてしまった
伊藤さんには最近の山小屋をとりまく環境の変化など、いろいろ興味深い話しを聞かせて頂き
こちらはユーザー目線で、コロナ渦をきっかけに上手く変化を利用している小屋と
そうでない小屋について具体的な事例を含めて話すと、ときおり質問をはさみながら
真剣な表情で聞いて頂いた
夕餉の席は小屋閉めの打ち上げも兼ねている為、だんだんと賑やかになり
山の話しはもちろん、カメラ談義にも盛り上がり、伊藤さん秘蔵のお酒も頂きながら
こんなシュチュエーションで、こんなに美味しいお酒を頂けるなんて
結局は奥黒部の山の神は俺の事を見捨てては無かったんだな
そんな勝手なことを想いながら眠りについた
翌朝、雪は止んだものの、小雨が降ったり止んだりを繰り返していた
朝食もスタッフの皆さんと、暖かな食事を楽しく頂くこととなった
伊藤さんいわく8時には晴れるから、ゆっくり出れば良いとの事で
折立に降るSさんIさんとともに山荘を後にしたのは9時前
これだけ時間が経てば増水も落ち着いているだろう
残念ながら伊藤さんの予報は外れ、8時頃に一瞬の青空が出たものの
以降は霧雨が続く中、初めて見る雪化粧の雲ノ平をチェーンスパイクで降って行く
きっとこんな雪景色の雲ノ平、最初で最後だろうな
そう想うとなんだか感慨深く
前日の荒れ狂ったような洪水状態とは違って、のどかなトレイルとなり
渡渉ポイントも難なくスルーして、太郎兵衛平まで戻ると
やはりいつもの様に後ろ髪引かれてしまう
小屋閉めの雲ノ平
期せずして山荘に停滞することとなった一夜
荒れ狂った黒部川と薬師沢
木道が消え、雨に煙るカベッケヶ原
途方に暮れて佇んだ第三渡渉ポイント
そして初めて歩いた雪の雲ノ平
すべてのシーンが忘れられない山旅となった
ありがとう雲ノ平山荘
■荒れ狂う黒部川の動画















コメント
コメント一覧 (2件)
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とても緊張しながら読みました、しかもカベッケヶ原まで行ってから戻るって・・・
遠かったでしょう・・小屋に戻れて本当に良かった。
あの状況下で動画を撮る余裕があるなんてすごい、と思いましたが、
もしかして、その現実を鮮明に残しておきたかったとか?
こういう場面になったら、私はビビリだから頭の隅で今回はダメかも・・・とよぎります。
その後、いやいや諦めるな、と自分を奮い立たせますけどね・笑
伊藤二朗さんの話はここに繋がっていたんですね、
そして今年は去年のお礼を言いに行ったのかな~
2024年の黒部のお話も楽しみに待ってます。 4
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cyu2さん
歩いたことのある人なら分かって頂けますよね
実際はカベッケヶ原からまだ30分以上先でした
ちなみに動画ですが、これは渡渉ポイント行く前の
薬師沢小屋の橋だから、まだその先どうなってるのか
不明でした、なので撤退したポイントはさすがに
動画どころじゃなかったです
(そこまで根性無い(^^;)
まぁほんと、山でこんなに緊張したの何年ぶり?
いい勉強になりました。そうそう伊藤さんの話しは
こんな成り行きの結果だったのです。今年ですか?
行けたらよいのですが〜(笑!) 2