■山行日:2025年09月25日
■山:北アルプス裏銀座山域
■目的:裏銀座逍遥
■ルート:三俣山荘(05:45)-祖父岳ー水晶池-高天原山荘(13:00)

黒部源流を覆っていった雲は、そのままこの山域全体を曇天へ
テン泊しかしたことがなかった三俣山荘
さすがに人気の小屋、小屋中、どこも人でいっぱいで息苦しいほど


翌日は天気が良ければ、雲ノ平を時間をかけて歩きまわるつもりだったが
どうやら昼前から雨になる予報、じゃ出来るだけ早く出て
雨が降る前に少しでも高天原に近付こう
そう決めて眠りについた

ところが、翌朝は4時の時点でもう雨
それも、けっこうな降り方で、いきなり出鼻をくじかれる
覚悟を決めて歩き始めるが、モチベは下がりっぱなし
少し前方に、ピンクのレインスーツのご年配と見える女性がひとり
後方には誰もいなくて、皆さんこの雨で歩き出すのを迷っているのか?

黒部源流標の分岐から、日本庭園へと進む急登でのこと
前を行くソロ女性の姿が急に見えなくなった
変だな?とガスに煙るトレイルを見渡していると、すぐ目の前の岩の影
そこに、小さく隠れるようにピンクのレインスーツ

声をかけると、この急登にバテたようで、力なく座り込んでいる
お母さん、ここまでのペースが速すぎたのだろう
汗と雨でびっしょりの顔は疲労に満ちていて、少し心配になり
折り畳み傘を出して、さしてあげる
ありがとうね。ごめんなさいね。ありがとうね。
安曇野から来たというお母さん「雲ノ平まであと1時間くらい?」
いやいや、祖父岳の稜線まで2時間近く、山荘はそこから1時間はかかるのだ

「そうね。そんなにかかるのね。」「でも3時間でしょ、昼前には山荘に着けますよ」
すると、お母さん、雲ノ平山荘は満室だったので、薬師沢小屋を予約したとのこと
それを聞くと、他人事ながら不安になる、この雨の中、薬師沢までの激下り?
おそらく70代半ばは過ぎているだろう、そのご年齢では厳しい道のりだ
おせっかいながら、雲ノ平山荘で一泊できないか尋ねてみたらどうか、と提案するも
「予約した小屋に悪いからねぇ。」と、意志は固そう
ぽつりぽつりと会話していると
どうやら、お母さん、過去に同じルートを歩いているそうだ
「最後の最後にもう一度だけ、ここを歩きたくてね」

偶然にも自分がいちばん好きな山を、人生最後にもう一度と歩かれているのだ
折りたたみ傘に落ちる雨音とともに、お母さんのその話を聞いていると
「最後にもう一度」という言葉に、何故だか胸がいっぱいになってしまった
「ありがとね。お話してたらちょっと楽になったわ。もう行ってね。」
少し顔色にも赤みがさした感じと、その笑みに期待して
何度も、沢への下りには気を付けて、と繰り返し
一瞬、小雨になったのを機にお母さんと別れた

日本庭園から祖父岳へ、本降りと小雨を繰り返す中を俯いて進みながら、ふと気付く
何故に自分はこっちのルートを歩いてるんだ?水晶池から高天原行くのなら
源流をそのまま遡行してワリモ分岐へ詰めるべきじゃなかった?何考えてたんだろう?
いや、このルートを選んだから、偶然に先ほどの、お母さんに出会えたのだ
それに、雨に煙る草紅葉の日本庭園も、心に染みる風景じゃないか

そんなことを想いながら
ただ黙々と、永遠とも思える長さの岩苔小谷を下りきると


水晶池は、今日も人知れず、そこに静かに水をたたえていた
誰一人いない静寂に、水面をたたく雨音だけが響く
その雨音の調べに誘われて
寂寥感が胸いっぱいに広がってゆく


水晶池から高天原に近付くにつれ、秋が深まってゆく
その秋色に染まり、雨の中立ち止まる

雨に煙る高天原も静寂の中
奥黒部の神々も雨に打たれているのだろうか

もう、靴の中も完全に浸水状態、この状態で小屋へ寄るよりも、温泉だ
ずぶ濡れの体を少しでも暖めたかったが、やはりこの雨
悲しいことに温泉もぬるくなっていて、なかなか暖まりはしない

小屋に戻ると、玄関前にビニール張りの乾燥スペースがあり、ストーブが焚かれていた
そこで雨に濡れたものをすべて干し、ようやく一息、缶ビールが五臓六腑に染みる
食堂で今日の山行を振り返っていると、英語の会話が響いている
高天原山荘にも外国人スタッフがいて、海外客の対応をしていることに時代の流れを感じる
そのスタッフを囲むファミリー、台湾からと思われる4人、少し張り詰めた空気
どうやら、ご年配の女性が足首を痛めたようで、具合が悪い様子
40歳くらいの息子さんだろうか、お母さんに大きな声で怒っている
言語は分からなくとも、何を言ってるのかは理解できる
「どうして、こんなになるまで言わなかったんだ?」

可愛そうに、お母さん、小さくなって両手を合わせて謝るばかり
外国人スタッフと、小屋番さんの会話では、たぶん骨折してるとのこと
たしかに、足首は大きく腫れている、きっと下山できないだろう
しばらくすると、小屋番さんの無線連絡が漏れて来る
状況を伝えているようだが、堂々巡りな会話にも聞こえてしまう
その会話が途切れた後、一瞬のノイズの後に、大きな声が響く
「太郎からタカマ、太郎からタカマ」
この声は?聞き覚えがあるぞ?そうだ、太郎小屋の五十嶋オーナーの声だ!
その声をここ高天原で聞くとは思ってもなく、それが妙に嬉しくて

そこからの通信、なんと手際のよいことか
要請者の状態、本人の国籍、パスポート携帯の有無、グループの構成、ケガをした場所
そして、救助要請は本人の意思なのか確認せよと、矢継ぎ早にてきぱきと指示を進め
「明日は、昼前までは雨が残る、救助はその後になる旨伝えて」
そう告げて無線は消えた
無線の切れた静寂に、あぁもうこれで安心だ、と胸をなでおろす
台湾のお母さん、もう大丈夫だよ

夕食後、ビニール張の乾燥エリアで、自分のウェアを取り込んでいると
なんと台湾のお母さん、痛む足を引きずりながらやって来た、慌てて手を貸すと
ふらつきながらも、あれを取ってほしい、これは違う、と手振りで指示
言われるままウェアを取り込み、両手で抱え込みながら玄関口で座らせる
足は大丈夫ですか、と指さすと、目に涙を浮かべ、その手を拝むように包み込み
何度も頭をさげ、しまいには、その両手で顔を撫でられる始末
なんだか照れ臭いような、恥ずかしいような
でも、ちょっと胸の奥が暖かくなるとひととき
北アルプス最奥地の山小屋にて

コメント
コメント一覧 (2件)
山を歩いて寂寥感に胸がつまることなどなかったなと。
いつどんなシーンも夫婦で歩いていると、ひとりの世界に没入することはありませんから。
過去には一度も、将来もおそらくひとりで山を歩くことはないだろうから、そういった胸の内の揺れとの出合いにあこがれを感じます。
薬師沢小屋を目指す高齢の女性、台湾のお母さん、それぞれの山歩きを思って胸がつまります。
ひとりで歩く山、よいものですね。
それにしても今年の9月の天気はひどいです。本格的に山に登り出して20年ほど、はじめてアルプスに上がらないシーズンになりそうです。
>過去には一度も、将来もおそらくひとりで山を歩くことはないだろうから
私の周りの山仲間も、皆さん夫婦山行が基本なので、きっとyukiさんと同じ感覚でしょう。
私の場合は、単独行の目的は、この寂寥感に浸ることが目的みたいなところもあって
だからこそ、この奥黒部エリア、北アルプス最奥部の最果て感が、最も没入感があって
たまらなく好きなのです、その辺りは夫婦山行組と、山の好みも分かれるところかもですね。
ほんと、この9月はどうしようもないですね、このままだとSWも危うい感じで
我々も悲しいけど、山小屋関係者にとっても厳しいシーズンとなっていまいそうですね(涙)