武者震いの原因は、ルートだ
ターゲットは八経ヶ岳、それを登山道では無い急勾配で落石しそうな岩ばかりな
聖宝谷から取り付いて弥山を越え、最短ルートでピストンする
そんな、私にとっては大冒険な雪山・ソロ・バリエーション、その企みのおかげだ
そのアツイ思いとは裏腹に、当日の朝、まだ暗い大川口ゲートで準備を始めた私は自分を恨んだ
信じられないミス、アウターとフリースキャップが無いのだ
他にもあれも無い、これはどこだ、とあたふたし、冬季通行止めのゲートを越えた
そんなドタバタで出発は予定時間を40分オーバーの06時40分、予報が信じられないほど厚い雲
そして冷たい風がレインウェアにバンダナキャップなんて、薄ら寒いスタイルの私を凍えさす
足元の雪の表面をガツガツ確かめながら聖宝谷に着いたころ、薄っすらと雲が流れ始めた
聖宝谷・・・
私は密かに”聖なる爪痕”と呼んでいる
行者還林道をトンネル西口に向かう途中、聖宝ノ宿に届くかのように尖る三本の大きな爪痕だ
07年夏に一度だけ登りで使ったが、そのキケンさにもう二度と歩かないと決めた爪痕
でも今だと、雪が締まってると歩けるだろう、そして最短ルートで日帰りピストンが可能となるだろう
そう企んだが、先ず取り付きから既に戸惑った、07年に一度歩いたっきり
右からなのか左からなのか?こんなときは自分の歩き易いように進むだけさ
浅い雪の下、大小の岩がゴロつくスノーブリッジを越えて行く
振り返ると、厚い雲はほとんどが消え去り、素晴らしい青空が現れた
その空の青さに、振り返り振り歩いていてると、ふと見上げて立ち止まった
こんな雪のカベ登るのか・・・
爪痕の一つに取り付いたはいいが、今さらこの角度に退いてしまいそうだ
いや、ここで立ち止まってはならない
少しでも早く、表面が融けないうちに、あの爪痕の外に逃げなければ
ピッケルを使って、ガツガツとアイゼンの歯を食い込ませながら、一歩一歩進む
これを滑落したら、あの岩々の谷だぞ、そう自分に言い聞かせながら
まだ冷え切った空気の中、必死でアイゼンを利かせ黙々と登って行くと
いつの間にか樹林帯まで詰め切っていた
そのとき、何かの気配を左俣から感じた
・・・?
と、見上げると、ゆっくり、ゆっくりサッカーボール大の雪塊が転がり落ちている
落石だ!一瞬、ボーッと落石が転がってゆくシーンを見守っていた
あぁ、聞いてはいたけど、本当に雪の上の落石は無音なんだ
そんなことを思っていたら、次の落石はもう少し方向を変え、こちらに転がってくる
最後の力を振り絞って、掴んだ細い枝を思い切り引っ張って爪痕の外に逃げた
二度目の岩がゆっくり左手に逸れて行くシーンを枝に掴まったまま見送る
さぁ、ひとまずキケン地帯は過ぎた、あとはこの深い雪の斜面、ラッセルするだけだ
と、気が急いて、休憩もせずドカドカ踏み込んで進む、10分もすると全身汗びっしょりだ
やっとフラットな場所を見つけ雪の上に倒れこんだ、その瞬間
雲が完全に消え去り、奥駈の稜線越しに現れた眩いばかりの朝陽と目が合う、思わず笑った
一息入れてスノーシューに履き変えるが、場所によっては腰まで潜る
きつい!、きついけど楽しい、こんな輝く大峰なんて、久しぶりじゃないか
大汗をかきながらも独り笑ってる自分がおかしくて、そしてまた笑った
ところが・・・、はたと気付くと、もう90分近くラッセルしてるが、奥駈が近づかない?
標高はずいぶん稼いだはずだが?と、よくよく現在地を確認すると、何か違和感を覚える
やっちまったか?
07年と同じように爪痕の分岐は右へ、これは覚えていた
その後は・・・?あ、左だったのだ!
スローモーな落石に気をとられ、慌てて取り付いたのは右手の支尾根だったのだ
あぁ、このミスは体力的にも時間的にもロスが大きいぞと、ヘコんでても仕方無い
空はこんなにも青く、雪はこんなにも輝いてる
東の尾根に反れることができるまで爪痕が浅くなったら、それを越えればいいさ
と、覚悟を決め、ずんずんと登り詰める、ここらでいいか
ってところで念のためアイゼンに履き替える
滑落したらアウト!な爪痕の先っぽとなる谷へ恐る恐る下り、腰までのラッセルで登り返し
やっとこさ尾根を越え、適当に方向を付けて10分ほど登り詰めたところは、まさに聖宝ノ宿だった
2時間50分か・・・、独りラッセルとルートミスによるロス、予定より1Hも遅い?
ってことは・・・八経は踏めないのか
先ほどの落石を考えると、このルートは下りに使えない、となるとトンネル西口へ下山だ
そこに、このロスタイム1時間、ムリだな
理源大師さまの前でへたり込んだ
あぁ私は、八経ヶ岳を踏むのが目的だったのだ
こんな最高なコンディション、弥山で帰るなんて、どうなんだ
さすがに再びのヘコみ具合は深く、オニギリ一個をグチりながら食べる
ふと、視線を感じたような気がして腰を上げると理源大師さまと目が合った
”グチってないで早く歩け”と、そう聞こえた
先ずは夏道で、大きく九十九折に回り込む岩のところまで進むと、そこから直進だ
この尾根も、一度下りに使っただけで、登りは今回が初めてだ
尾根芯を外さないよう進めば弥山だ、と再び足元をスノーシューに履き替え
尾根を登り始めるが、ドカドカと踏み抜いてしまう・・・これを?独りで?詰めるのか?
ほんの3分ほどで嫌気がさしてきたが、負けるものか、弥山は絶対踏むのだ
どこを歩いても踏み抜いてしまう、スノーシューなんて意味ないじゃないか
表面が融け始めた雪面に自分の汗が滴り落ちる
足が重い、ストックが重い、進まない
ふと振り返る
大普賢が海に浮いている
蒼穹だ
どこまでも続く蒼穹に魂を奪われ立ちすくむ
素晴らしい展望を背に、ラッセルは続く、こんなに距離あったっけ?
いやいや距離じゃない、新雪が深すぎるのだ
夏道の階段が大きく回り込む辺りだろうか、樹林が少なくなり雪面がクラストしだした
ここまで、ドスドスと音を立て、ずっと苦労してたラッセルは、ガリガリと音を変え
足元が急に楽になる、あぁもうすぐだぞ、あれか?あの雪の塊を越えたらそうなのか?
と、二度ほど雪塊の丘を越え、モンスターを何匹かやり過ごすと、ぽんっと広場に出た
国見八方だ・・・
さすがに、達成感が胸を埋めて行くのを感じた
久しぶりに心が熱くなった
大声で叫びたくなった
オレは独りっきりで、聖なる爪痕を越え、ここまで来たぞ!
そんな”やった感”を噛み締めながら、小屋前に移動する、誰もいない・・・
実は、あわよくば狼平からのパーティがいて、八経までトレースが残ってやしないだろうか
なんて調子のいいことを考えていたのだが
12時30分?、食事はヌキで、八経まで頑張って往復1Hとすると・・・
聖宝ノ宿まで40分?奥駈出合まで2Hとして・・・
いや、もう諦めようじゃないか
こんな姿拝めただけで充分じゃないか
それに、この大きな弥山、この蒼穹、ぜんぶ私の独り占めだ
弥山神社の裏手
私の大好きな光景も輝いている
そして、輝く稲村、山上ヶ岳の上、海にぽっかり浮いている山はどこだろう?
(下山後の調査にて御嶽と判明)
冬の最後の蒼穹
そんなタイミングで、ここに立っている
そう想うだけで
そう想うだけで
さぁ帰ろう
もう、もう、充分じゃないか
登りでは、振り向き振り向き、展望を楽しみながら、そしてラッセルに泣いた尾根
下りは一気にドカドカ踏みながら20分で聖宝ノ宿
もう急ぐことも無いだろう、カメラを手にトレースの着いていない奥駈を独りふらふら
雪紋に射す影に冬の終わりを感じ、凍て付きながらも芽吹く森に春の訪れを覚え
独りっきりの稜線散歩、この冬一番贅沢だった70分は夢のように過ぎ
奥駈出合からは陽の当たらない尾根をただ激下るだけの下山
激下り終えると、登山口で座り込む、ポットのお湯で最後のコーヒーを飲むと
まだ凍る林道をガツガツ歩く、何度目かのカーブを回り込むと、正面に自分が挑んだカベが現れた
聖なる爪痕
なんて険しい爪痕だろうか
目の前の三本の爪痕に今更ながら畏怖を覚える
あれを登り詰めたんだ、独りでやっつけたんだ
凍てつく林道に佇み、大きな大きな弥山に陽が陰ってゆく姿を見送りながら
深いため息とともに今シーズンの大峰山行は終わった










































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