関東ペアと共に04時起床、05時出発と決めていたが
何故か私は行者さんと一緒に正座して朝の勤行の仲間入り
窓の外には朝焼けに遠く釈迦ヶ岳を望み、正座する私の前で
行者さんが法螺貝を吹く、このシュールな状況
まるで出発の儀式みたいで、これも奥駈縦走ならではの経験だ

(水が無いと音が出ないと!)行者さんは、私のプラティパスに
便利なモノがあるんですね、と興味津津なのが面白い
そして順峯の行者さんと逆峯の私が、挨拶を交わして小屋から出発
最後に玉岡さんが一枚写真を撮ってくれた
一緒に撮ってもらわなかったことが心残り
予定を20分過ぎて出発、朝焼けの奥駈道を今日も独り歩く
平治ノ宿からはいきなりの急登で転法輪岳
今日の目的地である玉置神社、12時間あれば大丈夫と教えられたが
この先もアップダウンが果てしなく続くと思うと左膝が不安だ


倶利迦羅岳を越えて、昨日超えるはずだった行仙岳に進む
と、ザックのポケットから振動、このエリアは携帯電話の圏内だな?
圏内の場所を知りたいので、毎朝メールを入れておいて欲しいと
そう鬼ヨメに伝えていたのだ、さっそくチェックすると
29日:朝 『 お父ちゃん 』 と一言・・・途中で送信するなよな
30日:朝 『 今日もお天気 』 と一言・・・なんだ?意味不明
30日:夜 『 あちゃー、ボクシング負けやわ、残念(涙 』
この大縦走中の私に送るメールがコレか?心配してるとか
天気はこうなるよ、とか、そんなの無いのか?
行仙ノ宿では、デポしてた缶ビールとミネラルウォーターを回収する
番をされてた山彦グループの方に、まぁコーヒーでも飲んで、と迎えられる
ありがたいが、先を急ぐ旨伝えて笠捨山に向かう
笠捨山は行仙岳の登りとは比べ物にならないくらい厳しく
九十九折の途中、何度も立ち止まってしまう
西行法師があまりの厳しさに笠を捨てて逃げたと謂れの残るこの厳しい登り
おかげでピークではノックアウト
笠捨山からの下りも、もちろんゲキ下りだ、今日は調子がいいと思ってた左膝
この下りでやはり痛み始め、下りはスローで行くしかないな
登り返す方向を望むと、鉄塔左手に、鋭い三角錐、あれが槍ヶ岳か
なるほど槍の頭だ、行場の地蔵岳はあのピークに隠れてるのだろうか
植林の中を軽くアップダウン、そして登りは突然始まり、難所の連続となる
深いキレットを岩を掴んで登りきると槍ヶ岳のピーク
続いてこれまた地蔵岳の難所、なるほど、まさしく行場だな
鎖は垂直に下っていて、足元は切れ断っている
足場の最後の一歩が届かず、ズルッと落ちたのは左足からだった
思わずしゃがみ込むほどの痛みが膝を直撃する
完全に機能を無くした左膝を引き摺りながらも一歩一歩進む
いくつか靡を過ぎたが、カメラを向ける気力も無い
ふと、薄暗い奥駈道に射す木漏れ日が眩しくて佇むと、そこは十四靡「拝み返し」
順峰の者は、ここまでの行程を振り返り
熊野に向かって拝み返す場所
鈍く広がるが膝の痛みをこらえながら、まだ見ぬ熊野を想う
この脚で辿り着けるのだろうか?
香精山ピーク手前で振り返ると中央に笠捨山が聳え立ち
左手の地蔵岳からのアップダウンを臨む、これをよく歩けたものだ
地図の通り、香精山からの下りは、延々と、そして厳しく続く
貝吹野之、塔ノ谷峠と、600M近く下って行く、イヤになるほど下って行く
九十九折れも階段も踏み石も無いストレートな下りだ
左膝を庇うあまり、ズルズルと滑るようにしか下れない
そんな自分が悔しくて、情けなくて、それでも歩くしかなくて・・・
下りきると、遠く車の音と音楽が聞こえる、玉置神社が近付いたか?
一瞬喜んだが、そんなワケは無い、地図を確認するまでもなく
葛川手前の21世紀の森キャンプ場だろう、キャンプかぁ、キャンプいいよな
膝傷めたりしないもんな、夜はやっぱバーベキューだろうなぁキャンプは
意味もない、つぶやきが頭を巡り始める
そこからの行程も緩やかなアップダウン、しかし一峰たりとも巻くことはなく
どんな小さなピークも確実に踏む、そして真っ直ぐと下る、そんなことを繰り返しながら
玉置山に向かってまた500M登り返すのだ、このトレイルを修験道とした役行者は凄いな
と関心したかと思えば、大声で役行者バカヤロー!と悪態もつく
もう、もう、ココロが折れかけてるのだ
稚児ノ森を越えると国道425号へと飛び出る
ここからは国道と奥駈道が交差しながら高度を上げてゆく
水不足でも、シャリバテもなく、単に疲労の蓄積と膝の故障で朦朧としながら進む
もう左膝は完全に機能を失っている
伝説の花折塚からの展望もスルーし、巨大な世界遺産の石碑で意味も無く佇む
17時20分、やっと玉置神社入り口
確か、ここから神社まで少し歩くはず、到着は18時か?
静まる杉の森に響くのは、自分の左足を引き摺る足音だけ
夕陽に照らされる大鳥居を抜け、杉の巨木を眺めながら
凛とした空気の中、独り歩いてると不思議な気持ちになって来る
今、自分は本当に玉置神社を歩いてるのだろうか?
実は、この先にもアップダウンが待ってるのではないだろうか?
18時15分、ようやく社務所に辿り着き、その窓越しに声を掛けるが
お勤めの方は振り向きもしない
何故だ?神社に着いたのは、これは夢なのか?
あぁ、そうか、声を掛けたつもりなのに、声が出ていないのだ
自分は今、そこまで疲れきっているのだ
小窓に向かって手を振ると、やっと窓が開く
『 大阪のSさんですね、お待ちしていました、心配していましたよ、よぅお参り 』
玉置神社の宿坊では、縦走計画書を事前に届け、許可書を得た
奥駈縦走修験者だけが宿泊を許可されるのだ
縦走する際は、この日本最古の神社で泊まりたい、そう願っていた
Sさんの計画書を拝見すると、きっと会社員の方でしょう?
5日間も時間を作って歩くことは、大変だったでしょうね
その時間を作って、ここまで無事に歩けたこと、それ自体に感謝ですね
社務所の方のこの一言、労いでもなく、教えでもない、一見ありふれた 言葉
( 感謝 ) の一言、その言葉に何故か胸が詰まり、涙が零れ落ちた
お礼も、挨拶も、一言も声を発せず、何故涙が流れるのかも分からず
立ち尽くす私を夕闇が包んで行く
宿坊は、平治ノ宿で一緒だった関東のお二人と私だけ
先ずは汗を流して下さい、とお風呂に案内される
暖かなお風呂でゆっくりと時間を掛けて左膝をマッサージ
食事は、歴史を伺わせる襖で囲まれた小部屋で頂く
襖に描かれているのは、もちろん大峰山脈
4日間の汗を流し、ザックに残っていた缶ビールを一気に飲むとカラダの底から溜息だ
テーブルには、夕食、朝食、お弁当が並ぶ、高野豆腐と山菜の絶妙な味付け
そこに大峰の絵が添えられ、最高に贅沢な夕餉となった
食事の後は自分の食器を炊事場で洗う
部屋に戻るとストーブを着ける、さすが1,000mの森の中にある宿坊だ、かなり冷えこむ
関東のお二人は、お酒も飲まないとのことで(そんな山ヤさんもいるのだ)就寝準備中
残念ながら語り合う相手もなく、ダウンを上下着込んで外で震えながらウイスキーを飲む
見上げると、深い森の上には、今にも落ちて来そうな満天の星空が瞬く
何かに包まれたかのような安心感、そして深い深い孤独感
この星空を見せてやりたかったな、150キロも離れた笑顔を想った
- The Fourth Day 20km 予定CT12.0H 実績CT13.0H -














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